「 残球。 」
PULL.







一回。



初球は大きく外れ、
バックネットに突き刺さった。
球場がどよめく。
マウンドが揺れている。

おれが揺れている。






二回。



投げた後はすぐに、
触りたくなる。
また外れてはいないか?。
もう治っているのか?。
おれはあと何球投げられるのか?。
おれは生きた球を投げているのか?。
不安になって、
たまらなくなって、
触って、
肩を確かめたくなる。
恐い。
肩にまだ、
あの残像が張り付いている。






三回。



球場はまだどよめいている。
もうほっといてくれ!。
あいつらの期待はいつも勝手だ。
馬鹿の一つ覚えみたいに、
いつも勝手に騒いで、
おれの肩に期待を押し付ける。
三振完投完封勝利、
そして優勝。
おれの肩には、
あいつらの期待は重すぎる。
もう重すぎるんだ。

ああ…。
また肩が重い。
あいつらの見ているおれの残像が、
肩にのし掛かっている。
おもいおもい想い。
いっそのこと、
ここでまた外れてしまえば、
おれは、
おれは楽に、






四回。



外れてしまえ!。
右に大きく外れワンバウンド、
ボール。
球場はまたどよめき、
マウンドが波打っている。
もういい!。
もういいんだ。
おれはやりたいように、
投げて、






五回。



内角低めボール。
もう後がない。
それがどうした!。
いつだってそうさ。
ど真ん中ストライク。
おいおい、
ストライクで驚くなよ。
もう一球っ!。
真ん中高め空振りストライク。
ツーストライク・スリーボール。

フルカウント。






六回。



静かだ。
さっきまでが嘘のように、
ここは静かだ。
遊び球はいらない。
ラストボール。
次で、






七回。



足を高く上げ、
大きく振りかぶり、
肩を放つ。
縫い目に掛かる指先が、
白球にしなる腕が、
重い。
おもい、
振り抜く、
残像が脱けて、

キャッチャーミットを弾いた。






八回。



ストライク!。
スイングアウト三振。






九回。



最後のボールを投げ終えた時、
文字通りマウンドが揺れた。
球場は歓声に包まれて、
おれはその中心に、
今日もいる。

悪くない。
スタンドで馬鹿騒ぎをするあいつらのうち、
どれだけがおれの本当の味方なのかは分からない。
明日になれば、
またおれが投げられなくなれば、
あの歓声はすぐに、
もとの罵声に変わる。
だけど、

それも悪くはない。






延長戦。



あと何球投げられるのか、
それはもう問題じゃない。

おれは今も投げて、
まだ投げている、
それがおれの問題で、
おれの仕事だ。












           了。



自由詩 「 残球。 」 Copyright PULL. 2007-04-06 07:03:45
notebook Home 戻る  過去 未来