彼らは傘の柄を顎で抑えながら鍵盤を叩き
雨の打つ水溜まりを産声で掻き乱す
作家を満たす旋律が沈みゆく草の色に映え
雨足が演奏を終盤に向かわせる
余響の中を帰る客達は
....
先生は死んだ木に触れたことがありますか
深い深い森の奥で妖精の羽音がしています
静かを湛えて眠る沼には
子供の夢が沈んでいます
沼の周りを縁取るように
名のない花が咲いていま ....
駅で
怒りを隠さず歩いてきた人に
足を踏まれた
怒っている人がいると泣きたくなる
世界のどこかしらにいつもある怒りに
時折触れてしまうと
行き処ない悲痛な涙が込み上げて
子供のよ ....
夜の車は魚のよう
鯨のお腹を撫でてごらん
石ころは皆ラッコの卵だよ
広場の彫刻に影が貼りついている
向こうで手を降ってるのは誰だろう
口の端から小さな泡
泡に浮 ....
もう
足が動かないなら
座っておりましょう
喉が痛いので
風邪薬を取ってください
咲子さん、
あなたに言っています
聞こえませんか
咲子さん、
薬棚の前で思いを馳せている ....
重い踵の前に爪先がある
その先端から前方に
どす黒い影が伸びている
なあ、お前
私を殺してくれないか
闇のように長いその手で
この首を絞めてはくれないか
車道の脇に突っ立った
....
疲れた足を ぽたり ぽたりと
落として帰る
長い長い通り雨のあとに
昨日の分の溜め息を
「う」の口でぜんぶ吹き出すと
すっからかんになった心が
小さく萎んでいるのが分かる
そ ....
少しずつ降りだした雨が
いつの間にか粒を大きくして
ぽつぽつと感じられる
私の形を崩さずに
けれど肌を湿らせて
優しく降っているようだけれど
明日に風邪を引かすんだろう
街灯 ....
珈琲を飲むとスッとする
読み終えたばかりの分厚い本の背表紙を撫でながら
浮かび始めた著者の思いを身体から逃がすように
ズッと音をたてて珈琲をすする
紅茶を飲むとほっとする
薄い湯気の ....
私達は炭酸水の泡のように
ぷつぷつとガラス瓶の底から立ち上ってゆく泡のように
生まれてすぐに吸い上げられるように駆け
天辺を転がって弾けてしまう
たまに大きなのがいたり
派手 ....
あなたの不在に悲しみが浮き立つ
痩せてしまう何もかもが
小さく小さく呼吸をする
感触が浮かんでは消え
立ち尽くす足は もう疲れた
溜め息が涙のように流れ出る
青い水のような思いに浸されて
先生、夏の夜の夢ですね
記憶は曖昧になるでしょうか
遠くへ行ってしまうあなたの笑顔は
運命ならばまた会えるさ
自然に時間を送っていれば
運命ならばまた会えるさ
お互い魅かれ合っているのなら
運命でなければいけないのだから
会えないことをわかっています
ゆるゆると流れる川を眺めるように
過ぎ行く時間を眺めています
先生どうしておいでですか
いま何をしていますか
胸を柔らかく凹ませて
先生あなたを思 ....
先生どうしておいでですか
夏の夜のほんの短い涼しさです
風邪などひかれてないですか
ご飯はちゃんと食べていますか
もうすぐ夜が眠ります
一目会いたく思います
深く心に届く景色は
あなたを映す鏡と同じ
哀しい人がいたのなら
頭を撫でてやりたい
あなたをここへ連れて来たら
音の消えたような顔をして
この景色を見るのでしょう
冷たい色の澄んだ眼で
じっと見つめているのでしょう
そのうちに私は
あなたの瞳とこの場所が
どちらがど ....
夕方色したセーターを
柔らかく羽織った女の子
ガラス玉の眼は水色で
悲しい程に深く澄んでいる
少年が瞬きをする間に
世界は始まって終わった
髪の長い女の睫毛の下には
よく潤った泉がある
古くから伝わるやり方で
劇場の赤幕を閉じた
背中を丸めた老人が
その前で立っていた ....
彼らは雨の打つ水溜まりの中に
弦を弾くような哀しい旋律を落としたり
大雨に傘を差しながら
鍵盤を叩いて波打ったような足跡を残したりするのだろうか
夕方の沈んでいく草の色に
作家を満た ....
電車の窓を震えるように水の玉が流れていく
ピアノは旋律を増して世界を高ぶらせ
その中で私は窓を這う水玉を見つめている
世界は私に嘘をついている
本当は私は深い溝で取り囲まれ
溝の中に ....
悲しみに膨れる身体
死を迎えに行く木の枝振り
境界は本を読む青年
傍観者が過ぎ去る
今朝はコーヒーをいれて絵を描いていた。
開けたままの窓からはしっとりと雨の匂いがして、「梅雨か」と独り言が漏れてしまう。
東京にはもう季節がやってきたようである。
大きな荷物を両手に持って、疲れ ....
デパートのクリスマスツリーに
くらくらしたまま席を探して
まだひと月も前なのに
心ほろ酔い良い気分
冷たい夕方にカフェで泣く
あの女の人は美しかったよ
柔らかな夜に静かに落ちる
真っ白なシーツは柔らかく
おやすみなさい子供達
白い卵の割れる朝まで
おやすみなさい子供達
女は閉じた瞼で唄を歌う
柔らかい羊の背に乗って
砂漠のような海のような丘を
どこまでもゆくんだろう
美しい死の物語に身体を浸けて
ゆっくりとした歩調で歩いてゆく
乾いた靴がまた濡れ始める頃
少女はもう一度溜め息をついた
外では雨が降り続いている
柔らかな毛布が本当に好きで
夕方が来る前には眠っていた幼少の頃
いつの間に踏んだのだろうか
....
湿っぽい白に街全体が覆われる
寂しげな鐘の音がして誰かが振り返る
彼女はヘッドホンに耳を押し当てて
向こう側の金色に飲み込まれていく
0.35sec.