犬印のひと
恋月 ぴの
結婚しないわたしへのあてつけなのかなと思った
今更ながらの大ぶりな段ボール箱の底
つややかな赤い実りをいたわるかのようにそれは敷かれていた
一見して母の達筆を思わせる簡潔な手紙には何一つ触れられていなくて
お礼の電話でもどうしたものか言いそびれてしまった
押入れでもあれば仕舞い込んでおくのだけど
初雪の肌触りには産まれ来るものへの願い込められているように思え
あっさりと捨てるわけにもいかずベッド下の小さな衣装ケースへ押し込んだ
それからだったと思う
季節の折々に送られてくる仕送りに添えられた思い出らしき品々
あるときはガラガラだったり
セルロイドのおしゃぶりだったり
きれいに畳まれ、押し花然としたあぶちゃんだったりした
相変わらず手紙にはそれらについて何一つ触れられてなくて
偏狭な片思いにも似たノスタルジアというか
物ごころつく前のわたしにはそれらについての記憶なんてあるわけ無い
「これはあなたが泣いて離さなかったガラガラなのよ」
遠い昔を懐かしむように母から語りかけられたとするならば
「ああ、そうだったわね」と頷いてはしまうのだけど
初雪の便りしだいと遅くなってゆくような
湯上りの薄暗がりを素っ裸で寝室へすたすた歩み
何を思ったのかベッド下の小さな衣装ケースからそれを取り出すと
鏡に向かい産まれ来るものをいたわるように下腹部へそれを巻くひとりの女
それはわたしなんかじゃなくて
遥か遠い昔の
初雪よりも真白い肌した若かりし頃の母の姿