「 雨の日にはかなしみに服を着せ、 」
PULL.







 雨の日にはかなしみに服を着せ、傘を持たせて出歩かせる。普段は裸のかなしみは、はじめ服を着るのを嫌がるけれど、すぐに慣れてはしゃぎだすのが、いつものこと、ぴったりした服よりもゆったりした服の方がかなしみは好き、緩んでしまうのはいけないことだとあのひとは言ったけど、あのひとはもういないからゆったりと緩んでしまうけど、緩んでしまうといつもあのひとのことばかり考えて服の下のかなしみはちょっぴり窮屈になる、窮屈な肩は傘にぴったりと納まって、雨に濡れない、いつか雨の日に雨に濡れないのはもったいないことだと言ったら、あのひとは黙って、傘に入れてくれた、傘の下はざあざあと音はするけど雨は少しも降ってなくて、あのひとだけが、泣いていた。

 玄関を飛び出して駈け出してゆくかなしみは振り返らない。傘を広げ、その下でちゃぷちゃぷと、いくつもの水溜まりを踏み鳴らし、一心に、向こうまで駈けてゆく、雨のカーテンがはらはらと揺れている、かなしみは行ってしまった、水溜まりが淡々と波紋を広げ、かなしみの、足跡を消してゆく。












           了。



自由詩 「 雨の日にはかなしみに服を着せ、 」 Copyright PULL. 2008-05-20 19:05:44
notebook Home 戻る  過去 未来