「 今日から強化人間弱化月間。 」
PULL.







一。

「もう攻撃しないでください。」
 とプラカードを持ったマスクメロン怪人が、駅で攻撃されている。あんなプラカード持たなきゃいいのにと思うけれど、マスクメロン怪人はメロン怪人の中でも極めて真面眼で、基本に忠実な種族なので、ああゆうことをする。みんな手加減を知らないからマスクメロン怪人のマスクはずたぼろで、もう虫の息。だけどそれでも止めないで、みんなは攻撃し放題、怪人だから、いくら痛めつけてもうち復活するんだろうと、決めてかかってる。怪人だって、もとはただの「ひと」だから、弱化されたら強化はされない、痛いし悲しいし血も涙も出る、ただ、ちょっと血の色がみんなと、違ってしまっただけ。
 それだけなのに。


二。

 杖を持ったお爺ちゃんが隣の孫に見せるように、杖を振り下ろす。何度も何度も誇らしげに、振り下ろす。振り下ろす。そして、杖にべっとりと付いた緑色の血を、汚らしげにサバ怪人のナイキのジャージで拭う、孫はアディダスのつま先で、
「も、もう…やめてください、攻撃しないでください。」
 と涙ながらに訴えるサバ怪人の脇腹のエラを、二度三度と小突く。サバ怪人は小突かれるたびにうめき声を上げ、魚体を震わせる、どす黒く変色した尾ビレが、虚しくアスファルトを、叩く叩く、
「たすけて…ください、もう攻撃しないでくださ…ぃ…。」
 お爺ちゃんと孫はそれを見て、眼を合わせ、笑い、さらに楽しそうに足下のサバ怪人に攻撃を加え続ける。やがてサバ怪人からはうめき声が聞こえなくなり、眼を突いても喉を蹴っても、ぴくりとも動かなくなった、けれどもお爺ちゃんと孫は攻撃を止めず、なおも攻撃を続ける。楽しそうに、続ける。
 通り過ぎるひと達はお爺ちゃんと孫とのほほえましい共同攻撃に、みんな頬を緩ませ、何人かが照れくさそうにサバ怪人の背ビレを踏んだり、頭にとどめの蹴りを入れたりしてゆく、サバ怪人はもう動かない、死んだ魚の眼で空を見上げ、わたしを見ている。



三。

 わたしは…。
 変身できる者はまだよかった。変身しなければ強化はされず、そのままの姿でいれば常人のなかに紛れ込みひと知れず、(それでも変身の危機に怯えながら)生活し続けられた。だが変身できない者は違った。すぐに常人達に見付かり、その攻撃の対象になった。
 最初に絶滅したのは変身できないフルタイムの怪人だ。二度と人間に戻れない犠牲と引き替えに、家族のため生活のためチ球のために、危険なフルタイムの怪人になった彼らは真っ先に、常人達に駆逐された。強化された皮膚は闇に流れ加工され、財布や鞄になり、常人セレブのアイテムになった、肉は家畜の餌に、家族は地下へと送られ地下奴隷として死ぬまで、陽に当たることなく働き続ける。
 次に狙われたのは肉体の一部を強化したサイボーグ怪人だ。一眼では、そうとは解らぬ彼らのために、簡易怪人判別キットが配給され、常人達はそれに群がり狂喜し、狩りをはじめた。
 まず手はじめはいつも気に障る気に入らない。
 あいつ、から。


四。

 配給されたキットは精度が悪く、粗悪な不良品ばかりだったが、誰も、気にしなかった。むしろ正確な、百人調べれば百人がシロと出るキットの方がおぞましく偽善的だと、反人権を掲げるマスコミによって批判され、常人達の支持を得た。ほどなくして、たまたまキットを製造している会社の工場の下請けの孫請けのアルバイト作業員が、サイボーグ怪人だったことが匿名の密告によって判明し、その会社はただちに行政の手によって倒産させられ、関連会社を含むすべての従業員は地下の収容所に送られ強制労働を受けることになり、正確なキットは、二度と流通しなくなった。
 数日後、一部の新聞が紙面の片隅で、問題のアルバイト作業員はサイボーグ怪人などではなく、義手の持ち主だったことを報じたが、誰も、気にも留めなかった。記事の翌日、散弾銃を持った男がその新聞社に乗り込み記者一人と偶然居合わせた民間人三人を射殺する事件を起こしたが、常人や、マスコミ政治家によって批判されたのは犯人ではなく、新聞社の方だった。
 反人的、ちょうどそんなことばが流行りだした頃だった。


五。

 風邪にかかりにくい者はきっと強化されているに違いない、怪我の治りの早い者もやはり強化されているに違いない、小学生なのにウチの浪人生のケンちゃんよりも頭のいい三丁眼の角の家のあの子の頭は既に強化されている、お隣のお爺ちゃんは長生きでまだまだ足腰も毎朝のおちんちんも元気だから強化されている、病気がちで長らく伏せってる実家の母は強化人間であることを隠すためにわざといつも病気になっている、受付のタワミさんは毎日毎日同じ顔で同じ表情で朝でも夜でも「おはようございます。」って言うでしょあれは絶対強化されているに違いない間違いない何となく眼付きも顔付きも反人的だもの、


六。

「ねえ、ツタさんもぉーそう思うでしょう?。」
 同意を求められわたしは、曖昧に受け答えをする。曖昧であることはわたしがわたしであることの必須条件だ、曖昧でなくなればわたしは、この姿のわたしでいられなくなってしまう、それはわたしの危機だ、そんなわたしの曖昧な危機を脅かすように、ビール三杯で出来上がったウシキドくんは続ける、
「この間の飲み会の時だって、女の子なのにひとりだけぜーんぜん酔わなくて最後までしらーっとした顔しちゃって、かわいげがないし、ありゃやっぱり反人的ですよ。冷血怪人タワミー、もぉーきまりですよ。ねえツタさんもーぉそう思うでしょー。」
「そうかな、ほら、体質的にお酒の強いひともいるからね。」
「もぉー、ツタさんはこれだからもぉー、出世できないですよっ。蔦みたいに絡まっちゃってはっきりしないから、だから万年蔦なんて呼ばれてるんですよ。もぉーちょっとはっきりしてくださいよ、もぉーちょっと。」
「ははは、きついね。そうかな。」
「もぉーそうですよ。」
 ウシキドくんは真っ赤な顔をさらに赤くして、なおもしばらく食い下がったが、すぐに酔いつぶれ、カウンターでいびきを立てはじめた。受付のタワミくんが冷血怪人なら、今ここでテーブルに巨大な涎の海を作っているウシキドくんは、牛怪人だ。
 曖昧な表情を外し、わたしは考えていた。ウシキドくんが今言ったことは本心だろうか、ウシギドくんはタワミくんを本当に強化人間だと思っているのだろうか、もし本当にそう思っていたとして彼はそれを誰かに言うだろうか、わたし以外の、誰かに…。
 昨日のあの眼が焼き付いて、脳裏から剥がれなかった。


七。

 翌朝駅で発見されたウシキドくんの死体は、事故死として処理された。酔っぱらって駅の階段の上から足を滑らせ転落したのだ、眼撃者は誰もなく、最近この周辺の駅で似た状況で転落死する事故が数件起きていたこともあり、警察も関連について一応の捜査はしたものの、不審な点は何も見付からず、前夜にさんざん酒を飲み酔っぱらっていたという上司のわたしの証言もあり、やはり泥酔の上の不幸な転落死ということになった。最後に、わたしに事情を報告に来た警官はこう言って、首を傾げた、
「どの駅でも不審な点はどこにもなかったんですがね、ただひとつだけ気になったことがありまして、どの駅にもね、蔦が生えてたんですよ。ええ、あなたの名前と同じ蔦が、事故のあった駅の階段の近くにはどれも…まあたぶん偶然なんでしょうけどね。でも何だか気になって…。」


八。

 わたしが殺したウシキドくんの葬儀は今朝、営まれた。葬儀にはウシキドくんのご両親と親族、それにわたしを含む会社の親しい同僚数名が参列した。あのタワミくんもそのひとりだった。黒い喪服を着たタワミくんは会社でのタワミくんと寸分変わらず、いつもにまして「いつも」と同じ顔をして、「おはようございます。」を言うようにお悔やみを言い、焼香をした。
 途中ウシキドくんの親族の子供が便所に行くのを我慢しそこね、おねしょをしたので、そばにあった新聞で拭くこととなった、おねしょで濡れた新聞の一面にはこう書かれていた、
『強化人間弱化法案、さらに一ヶ月延長。暫定強化も認めず。』












           了。



散文(批評随筆小説等) 「 今日から強化人間弱化月間。 」 Copyright PULL. 2008-04-20 18:56:35
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