「 裂け眼。 」
PULL.



 



 眼醒めるといつも渇いている、頭を起こす。
と、ひび割れた裂け眼からはぼろぼろと砂が
流れ落ち、床に。溜まりをつくる。砂は、ぎ
ぃぎぃと声を上げ蠢き、啼いている。渇いた
指を伸ばし、触れる。砂はぎぃい!と叫び、
指先に噛み付く、噛まれた傷口はぼろり崩れ
落ち、床に。啼かない砂になる。なおも抉り
込んでくる砂をもう片方の指先で穿り、出す、
砂は、ようやくおとなしくなり、丸まり、さ
らに丸まり一回り、ちいさく、丸まる。


 裂け眼をきつく閉じ、耳を凝らし、生きの
いい砂を一粒一粒、拾う、生きのいい砂の声
は張り詰めていて、薄い硝子を擦り合わせた
ような、色。がする。集めた砂は革袋に詰め、
腰に下げる、拾い終わる頃にはもうすっかり、
朝になっている、ぐったりとした残りの砂を
直接手に掴み、裏庭に向かう、手の中の砂は
抵抗し弱々しく、わたし、を噛む。


 裂け眼を布で縛り街に、出る、街では音。
が、色付いて、いる。


 砂埃を巻き上げ街を渡る風は、太陽に、焦
がされた海とおなじ、色。誰もいない商店の
店先で揺れるのは、砂漠で、溺れる魚の喘ぎ
とおなじ、色。袋小路の酒場で恋人たちが耳
打つのは、蜘蛛の、巣に迷い込んだ夜霧が弾
けるのとおなじ、色。路地裏で石を蹴る子供
たちの口から漏れるのは、紙に、書かれ燃え
ることばの幽かな溜息とおなじ、色。道端で
朽ち果て土に還るひとがたの、風に、撫でら
れ削られる囁きは。渇いた地面に耳を当て、
息を止め、聴こえてくる、わたし、の中を流
れるのとおなじ、色。


 等価交換所に近くなると、革袋の中の砂が
いっせいに、ぎぃいぎぃい!とひどく啼く、
蠢く革袋を抑え付け、交換所に入る。交換所
の主人は体中の関節が銹びた、色を鳴らすの
っぽで、特に利き手の薬指がかすれ、銹びた、
色を鳴らす。机に革袋を置く、主人は、節く
れ立った薬指で引っ掛け、秤に、載せる。銹
びた、色が、ゆっくりと数を数え、その色の
数だけの、土と、海の涙が、机に出る。それ
を空になった革袋に詰めわたし、は交換所を
出る。銹びた、薬指に怯える砂の啼き声が、
遠くに、聴こえる。


 夜になる、夜の色、は。熱された太陽が海
の中で冷えてゆくその、色。路地裏の子供た
ちが、石の上で、燃え尽きた寝息を漏らすそ
の、色。裏庭の土の中で朝に撒いた砂たちが、
灰になり、土に抱かれ眠るその、色。そして
わたし、の中を流れるものたちが「つちをく
れもっとつちをくれ。」と餓えた喉を鳴らす
その、色。


 布を外し、裂け眼を、開く。熱いものが溢
れ床に。落ちた、わたし、は。泣いているの
だった。












           了。



自由詩 「 裂け眼。 」 Copyright PULL. 2008-02-01 16:17:02
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