書店員の一日
吉田ぐんじょう
・
朝起きたらまず
しゅろの箒で部屋を掃き出す
すると部屋の隅々から
夢の中で捕まえそこねた小人や
夜のうちに死んだ蝶々などが
硬くつめたくなって出てくるので
プラスティックのちりとりで
ていねいに集めて外へ捨てる
プラスティックのちりとりは
野暮ったい薄紅色をしている
だけどわたしが手に入れた
どんな類のものよりも
役に立ってくれる上
わたしに愛想を尽かさずに
そばにいてくれるから好きだ
・
部屋の掃除を終えたら
洗顔をして歯磨きをする
口をゆすいだ後の水には
小さなものが
たくさんうごめいている
多分昨日
言えなかった言葉の残骸だ
水を流すとだいたいの言葉が
排水溝へ吸い込まれていくが
いつも
ん
だけうまく流れないので
指でつまみあげて外へ投げる
鏡に向かうと
知らない人が立っていることがしばしばだ
わたしはその人に
朝のお辞儀をする
その人も同じくお辞儀をする
仲良くやってゆけそうな気がする
・
朝はいつもゆで卵を食べるのだが
たまに母親が間違えて
ゆでていない卵を出してくる
そういう卵は殻を剥くと
ひよこが生まれてきてしまう
今日はひよこの卵の日だった
わたしはいつものように
ひよこを掌でいつくしみ
優しく庭へ放してやる
ひよこは命そのもののような顔をして
ひよひよ柔らかく歩いてゆく
その後どうなるのかは知らない
最近飼い猫が太ってきたが
そういう都合の悪いことは
見て見ぬ振りをすることにしている
・
着替えをするのは至難の業だ
わたしは日によって
膨れたり萎んだりするので
ぴったり合う服を見つけるのが
なかなかに難しい
昨日履いたジーンズが
今日はもう緩すぎる
わたしは押し入れの天袋から
小学生のときの服をひっぱり出し
次々試着を繰り返す
結局ぴったりだったのは
名札付きの体操着だけだった
今の時期には少し暑いが
仕方がない
体操着に合うバッグを
一つも持っていなかったので
ランドセルを背負って家を出た
何もかも
仕方がない
給料日になったら
体操着に合うような大人のバッグを
ジャスコあたりで探して買おう
そう思いながら小学生のわたしは
いつものように
車のエンジンをかける
・
職場ではいつも暇である
簡単に出来る作業は
アルバイトさんに回してしまうので
自分のやるべきことが
見当たらなくなってしまう
うろうろ店内を歩いて
アダルトコーナーの整理などしていたら
立ち寄った警察官に
きみ小学生でしょ
と捕まりそうになったので
慌てて逃げた
いつもこうだ
何も逃げることはなかったのに
逃げることなんて
この世にいくつもない筈なのに
・
やがて時計の針が動き
営業時間が過ぎたことを知らせてくれる
わたしは
店内にまだ残っている
見えない人達や
アダルトコーナーで突然に
性に目覚めてしまった少年少女の抜け殻や
誰かが思い出したまま
そこに置き忘れた初恋の人の残像
なんかを
一つのこらず追い出してしまって
電気を消してシャッターを下ろす
うっかりするとシャッターに
自分の影を挟んでしまい
足元から剥がしとってしまうことがある
そういうときにはセロハンテープで
元通り貼り付けなおすのだが
いつも微妙にずれてしまう
だからわたしの影は
他の人より少し曲がっていて
足を踏み出すとぱりぱり云う
・
真っ暗な夜を切り裂いて帰宅するときは
いつもスピードを出し過ぎてしまう
別に早く帰りたいわけではなくて
何か大きいものに追い掛けられている気がして
どうしようもなく怖いのだ
追い掛けてくるものは
おそらく明日なんだろうと思う
・
遠くの空が雷鳴で
ぴかぴか明滅しているのが見えた
このところ毎日こんな天気だ
もしかしたら明後日あたり
地球は壊れてしまうのかも知れない
だけどきっと明後日も
わたしは仕事をしているし
いつものように暇だろう
もしも地面がかち割れたら
備品のガムテープで塞げばいい
倉庫には腐るほどガムテープがあるので
多少使いすぎても平気だろう
やるべきことが見つかってよかった
わたしはせいせいした顔で
南の空の雷鳴を見つめた
何かこわい生き物みたいに
赤信号がこっちを見ている
・