こもんさんの詩について思うこと/渡邉建志
 

「堰きとめら/れる、」
「束ねられた」
「めいた」

束ねられているのはおそらく言葉なのであるが、
わたしにはそれが陰茎に思われて仕方がない。
束ねるという漢字の妖しさを思う。
東は安定している。束は安定しない。
碑文的な文字であると感じる。
それは、陰茎という文字についても。
男根ではだめなのです。漢字の感じが大切なのだと思う。
なにかが過剰(「陰」)だったり、なにかが足りていない(「茎」)感じ。
そしてそれは束ねられる。
のちには両手が「断たれて、/截たれて、絶たれて」いる動物が現れる。
タたれた両手は同時に陰茎であると思う(夜の、手の、陰茎のことばの、夜)。

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