この世の老人/大小島
 
滴一滴が鮮明に見え、周りの景色は逆に、限りなく不明瞭に写る。ちょうど、倍率を上げれば上げるほど暗く光が足りなくなっていく光学顕微鏡のように、細部まで見ている老人の目は、時間がゆっくり流れている。
それは、老人の目が、身体が、確実に死に始めている証拠。

老人は死にだしている。われわれの死に向うスピードよりも確実に早く、老人の前に広がっている時間は、その終末の一点を目指し進んでいる。
しかし、老人はまったく動じない。本を読んでいる目を上げ、噴水を見てふたたび、数十分、本の一点を見つめる。老人には、自分が死ぬという事も、それが、自分を置き去りにして、世界全体が触れる事の出来ないものになる、とい
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