この世の老人/大小島
というよりも、まったく何もなくなってしまう、完全な無だということも分っている。数十時間、数百時間後、自分は死ぬだろう。おそらく、この公園の、この木の下で。それ自体はまったく不思議でも、恐ろしくもない。
しかし、と老人は言う。物も言わずに。私は口惜しいのだ。いま私のいる世界が、見ているものが、聞いている音が、私の全てが、多くの人に教えられないこと。それが口惜しい。たとえば、私が読んでいる本。眺めていると言ってもいい。いや、君が言うように、凝視しているでもいい。この本は、もう私にとって本ではない。私は活字を追ってはいないんだよ。活字じゃなくて、これは現実だ。これこそ、私が今、しっかりと立っている世界
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