詩を書きたいひとのための文脈の話(noteからの転載)/飯沼ふるい
 
の二文を読んだ人が文脈を想起できたとして、そこから「わかる」という共感の気分が「新しく」生成されるかもしらん。

しかしそのわかりみの深さとは、あまねく世に共通化され、すでに言語化までされた感覚に自分を重ねただけです。
得体のしれないものと衝突したわけではなく、「余韻」といえるほどの深さはそこにあるだろうか。

『意味内容が薄いほど、読み手は能動的に意味を探す』ということを鑑みれば、こういう問いに言い直すこともできる。

【ポイント:既成の意味の繋がりは現実世界を超えにくい。】


8-3.詩の道を行く

詩と(古典的な)散文との役割をあえて分けるとするなら、こういうことに
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