ショート・カット/ホロウ・シカエルボク
 
覗く気にもならず次から次へと流れる過去の記憶に耳を澄ませていると、老いたマスターが能でも舞うような動きでやって来て音ひとつ立てずにテーブルに置いた、そんなことを構えずにやってのける人間こそ尊敬に値する、ごゆっくり、と、痩せた白い髭の老人は小さく、低く、響きのいい声でそう言ってカウンターの中に戻っていった、その一連の動作は子供の頃に剣道の合宿で見た居合の先生の型を思い出させた、同じ動作を果てしなく繰り返していると皆そういう風に動けるようになるのかもしれない、悟りというものは本当は日常の中にあるのかもしれない、いつになく思慮深く珈琲を飲み干して店を出る、またどうぞ、という静かな響きが俺の背を追っかけて
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