メモ3(今のこと、音楽、人間のこと)/由比良 倖
い。その絵がダイレクトな感情としてそこにあるような感じがする。いつもの生活的な意識に戻ってきたときに、「あれ? これって人形が机の上で遊んでいる絵だ」と気付いて驚いたりする。そして、一端生活の意識に戻ると、細かいことがいろいろ分かるけれども、絵が生きた感情そのものだとは、もう感じられない。
僕は、「これが人形」「これが机」と分けて考えられる能力はおそらく脳の能力だと思うし、AIにもプログラミング可能だと思うけれど、「そこに感情がある」と感じられる能力は、もっと根源的で、それ自体はプログラミング不可能なものなのではないか、と思う。絵や音楽や言葉が、ただの無機質な情報の羅列や組み合わせではなく、
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