メモ3(今のこと、音楽、人間のこと)/由比良 倖
葉がフラットになれば、現実もフラットになるところだ。言葉と現実は密接にリンクしていて、言葉の扱い方が、そのまま世界の捉え方になる。それは「世界は悪意に満ちている」と書けば世界が悪意に満ちているように感じられる、という対応の仕方ではなくて、「あ」も「い」も「う」も均等に扱ったとき、僕に見える世界、例えば「本」や「机」や「フィギュア」という、ひとつひとつのものたちが、全て均等に見えるような、とても気持ちいい感覚を得られる、ということ。
言葉によって分析されて抽象化されて、構築された、観念に満ちた世界を、一度リセットしてみる。原始人にとっての、リアリティ溢れる「あ」ではなく、限りなく「僕」という主
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