表現の動機について/由比良 倖
る誰かが、何処かに存在するだろうと。それは先ほど、僕が表現の動機として書いた、不特定多数の中に特定の個人を見いだそうとしている、という感覚です。そして、もしかしたらそんなことはあり得ないかもしれない、と思いつつ、広大な宇宙の中に僕のメッセージをそっと発信するように、願うような気持ちで、作品をこの世に残します。誰かに僕の存在を、生きていたことを、知って欲しいという願いを込めて。普段のふざけた僕ではなく、僕の生命そのものを、もしかしたら誰かが受けとってくれるかもしれない、と、ゼロに近い可能性に懸けながら。繰り返し言いますが、最初から「誰か僕の孤独を知ってくれ! 僕が産み出した生命を知ってくれ!」と意図
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