表現の動機について/由比良 倖
死んでいることを十分知りつつ、何処かに彼が存在しているとしか思えなくなり、彼に向けて語りかけている自分を発見することさえあります。まるで、百光年先のメッセンジャーに向けて、返信を送るように。それが届かないとは重々知りつつ、しかも何処かで、必ず届くような気がしているのです。「この世界の何処かに、確かに彼が存在している」という感覚です。それが天国なのか、宇宙の果てなのかは分かりませんが。中也の表現、つまり彼の痕跡だけが残っているのではなく、作品には描かれてないはずの、彼の存在や息吹まで、生き生きと感じるのです。
そして同時にこう思います。僕の孤独なメッセージを、きっと同じように受信してくれる誰
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