遷移/道草次郎
 
初秋だ。
寒さに目を醒まされる朝が来る。裏戸を押して足下を見ると、枯れ草色の蝗が犬走に一疋かたまっている。ぼくも、一時、じっとなる。あ、ども??と言いたくなるほど、ちいさな沈黙が胚を抱いている。

来る日も来る日も、か細い声が受話器の向こうで震えるのに、耳をそばだてるのがぼくの役目だ。理由は数えきれない。低気圧、季節の襞、昨夜の言い争い、痛む腰、効果の無い頓服、ふらつき、不確かな不安、そして「わたし死にたいかも」という言葉が、薄紙のように折り重なる。

同僚は言う。「道草さん、毎日そんなに一人ひとりの話をちゃんと聴いて疲れませんか?」ぼくは、笑って「まあ、時には大変だなあ」と答える。嘘だ
[次のページ]
戻る   Point(4)