海/暗合
 
い自分だった。俺は中学生になって、母親より力がついてもやり返すことが出来なかった。母親はいつも俺を殴っているわけではなかった。たまには俺のことを抱きしめることもあった。俺に笑顔や優しい言葉をくれることもあった。そういう気持が殴られた時にいつも頭に浮かぶのだ。殴っている母親はきっと同じ顔と声を持つ違う人間なのだと思った。悔しいことに俺はいくら母親に殴られても母親のことを嫌いになることが出来なかった。殴られても母親のことを愛してしまっていたから。
 母親のことを殴れるようになったのは高校生になってからだ。もう殴ろうとしても母親の笑顔は浮かばなかった。もう臨界点を超えたのだ。もう俺は母親のことを愛して
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