詩の日めくり 二〇一七年四月一日─三十一日/田中宏輔
 
「もう一篇の詩」か、つぎに引用する「死」という詩かな。


金子光晴 「死」

       ━━Sに。

 生きてるのが花よ。
さういつて別れたおまへ。
根さがりの銀杏返し
痺肩のいたいたしいうしろつき。

あれから二十年、三十年
女はあつちをむいたままだ。
泣いてゐるのか、それとも
しのび笑をこしらへてゐるのか

ああ、なんたる人間のへだたりのふかさ。
人の騒ぎと、時のうしほのなかで
うつかり手をはなせば互ひに
もう、生死をしる由がない。

しつてくれ。いまの僕は
花も実も昔のことで、生きるのが重荷
心にのこるおまへのほとぼりに
さむざむと手を
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