詩の日めくり 二〇一五年十一月一日─三十一日/田中宏輔
 
ぼくはなにもいらないと言ったのだった。さいごに会った日、とっておきの服を着てきたのに、ってバカなことを言ってた。ぼくの『陽の埋葬』を読んで、「売れないものを書く意味があるの?」って言ってた。彼の曲は売れてるものもあって、「ひとを幸せにするのが芸術だよ。ひとを幸せにする芸術だけが売れるんだよ。あっちゃんのは、いったいだれを幸せにしてるの?」って言われた。返事もしないで、顔をそむけてたと思う。それももう、10年も、20年もむかしの話だ。彼は音楽的にも成功して、ますますお金持ちになっているらしい。どうでもよいことだし、彼の芸術観は、ぼくのものとはまったく違っていたし。もう愛していた記憶もなくなっている。
[次のページ]
戻る   Point(16)