詩の日めくり 二〇一五年十月一日─三十一日/田中宏輔
らめきであり、奇跡であり、天啓であった。
あるいは、ただ単に、言葉は言葉と語り合いたいがために、ただそれだけの目的で、人間を利用しているのかもしれない。だとしたら、語り合う言葉は、ぼくたち自身の意味を、ぼくたちの生の在り方そのものについてより深く知るために語り合っていたのではなく、ただ単に言葉それ自体をより深く知るために、互いに語り合っているのだろう。語りあっていたのであろう。人間が神さまについて語り合っているときに、じつは、神が人間の口舌を通して、人間の言葉を通して、神が神自身おのれと語り合っているのだろう。
フランスパンをあさ買いに行ったら、半分に切って切り分けたバケットがなか
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