旧約蝶々/やまうちあつし
 
ともに差し出されたパンと葡萄酒を、青年は地面に叩き付け、声を荒げた。それ以後、彼に声をかける者はなくなった。
 望みどおりの静寂の日々の中、青年は痩せこけ、衰弱していった。それでも彼は、使命を捨てはしなかった。人々は噂した。奴は、生きながらにして底無し沼に呑まれているんだ。
 ある夜、久方ぶりに来訪者があった。眩いばかりの光を伴って現れたその人を、青年は眠気と空腹で朦朧としながら見上げた。沼に落し物をしてしまったので、探させてほしいという。普段なら有無を言わさず追い返すところだが、なぜかその時はすんなりと承諾した。客人は光を放ちながら歩を進め身をかがめると、底無し沼にずぶずぶと右腕を差し入れた
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