かなしめ十円/鯉
現れてこない。そう言っている間、煙は掌の中で笑ってくれたが、しばらくするとするすると抜けると中空に立ち上って、驚いたような表情をして消えてしまった。ぼくたちは自らのぼろぼろの服が落ちては消えるのを眺めて、また進み始めた。
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彼女が死んだ頃にちょうど、ぼくはマスを掻いていたのだと思うと、なにやら因縁めいているような気がしないでもなくもないような気がしなくもなきにしもあらずでもなくなくなくなくなくなくぼくは泣く。泣いたか? いや。太陽に少し雲はかかっていたが気分のいい天気だった。しばらくすれば晴天になるだろう。窓を開けると寒くなったので毛布を被ったまま化学の味がする水道水を飲んでいる。
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