砂浜の男/村田 活彦
 
からない 
言葉がそっぽを向いて言うことを聞いてくれない
でもそれは言葉がおれを裏切ったんじゃない
おれが言葉を裏切ったのだ

美しい花をみて美しいと口にしてきたか
愛するひとに愛していると伝えてきたか
髪の毛から指先まで自分の細胞残らず伝えたいと
真剣になったことがあったのか
そう考えると背中が冷え冷えとした


おれはだんだんあの男に似てくる 
嫌なところばかり似てくる
伝えたいことをろくに伝えられず
しわを刻み入れ歯になる

ひとつわかったことがある
おれは言葉が欲しかったんじゃない
言葉になりたかったんだ 

ひとが死んでも言葉は生き残る
かたち
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