砂浜の男/村田 活彦
 
たちを変え伝わっていく
唇から唇へ
唇からペンへ
ペンから本へ
本からまた唇へ
時代を越えて生きる言葉がうらやましかったのだ
人類は言葉に憧れ続けてここまでやってきた 
いびつでまばゆい進化をとげてきた

だから書かなくちゃいけない 
手紙を書かなくちゃいけない
わかっている
おれが伝えたい相手はもう
とっくにこの世にいない
遭難した船の甲板に刻まれた最後の祈り
空き缶やポリ容器の色あせた文字
届かなかった言葉が波打ち際でぶざまに転がっている
噓みたいに白い砂浜だろう 
この砂は人魚の骨だ
言葉をなくした人魚の骨が積もったのだ 
書いたとたん波がさらう
それでも伝えるんだ
何しろ
人間は言葉でできている


  男は黙り込む
  やがてペンをとって手紙を書きはじめる


拝啓、お元気ですか



戻る   Point(9)