おかえりなさい。わたしは彼の内腿へキックを放つ/鈴木妙
 
安がよかった。やりどころのない怒りのエネルギーを抱えた若者が疾走するのはスクーターによってだった。ヘルメットもかぶる。老人が困っていたら助ける。女子たちは突風でめくれ上がったスカートを押さえようともしない。住みやすい。湿度の高いきらいがあって、季節によっては脂っぽい思春期の人たちは鼻がてかるかもしれない。けれどぼくみたいな社会人や宮下さんみたいな大学生にはあまり関係のないことだった。
「いいよ、いいよ」
 と朝倉氏は言って、宮下さんの取り出した財布をしまうように促す動きをした。いわゆるオゴリというやつだった。
「ありがとうございます」
 そう言って扉を開く彼女の背へ朝倉氏が視線を向けた時間
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