口伝/角田寿星
 
、小澤の助言は止まらない。
若き指揮者、下野竜也は、本来の生真面目さで、
小澤のことばを拝聴する。
『ノヴェンバー・ステップス』。
水墨画のような曲だと思っていた。
下野の解釈が根底から覆されながらも、必死に、漏らさぬように。

ぼくは下野竜也の、いや、下野くんの
才能と努力の質を知っている。
友人の一歳下の後輩で、ほんの僅かな間、
同じパートでトランペットを吹いた。
二二歳まで九州のはじっこで、ほとんど独学だった。
吹奏楽部の学校交流会。皆を和ませようとして、
上半身裸の太鼓腹で、腹踊りをしてみせた。
下野くんはそんな人だった。

大地にいくつもの楔が打ち込まれて
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