口伝/角田寿星
 
れている。
ぼくはそれをみて、立ち止まろうとする。
楔だ。
ああ、楔だね。
よくわからない。腕組みをする。
よくわからないまま、ふかく肯いて、
とおり過ぎる。

二〇一〇年九月五日、松本市。
下野竜也指揮『ノヴェンバー・ステップス』開演。
「世界のオザワ直伝の」という枕詞が付く。
指揮も二代目なら、
琵琶と尺八のソロも二代目だった。
そして、まだ彼の『ノヴェンバー・ステップス』ではなかった。
彼の戦歴は、彼の眼差しが物語っている、
にもかかわらず。
きっと、ここからはじまるんだろう。
ここから。ぼくは自分に言い聴かせるように。

二〇一〇年一二月。
ニューヨーク、カーネギーホール。
下野竜也は、
再び『ノヴェンバー・ステップス』の指揮棒を執った。
いったいどんな応えをみせたのだろう、と
その行方を、ぼくはまだわかっていない。

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