アジャセのしるし/殿岡秀秋
で、からだを硬くしていたぼくは、からくも死ぬ運命をまぬがれた。
「お腹の子は男の子だったらお坊さんにさせる。女の子だったらお坊さんの奥さんにするから生むことにしたわ」と心配しながら待っていた父に母はいった。
「お前がそうきめたなら」と父はこたえた。
ぼくの誕生前に、母はぼくをお腹にいれたまま二度も引越しをした。戦後の住宅難の東京で屋根のある家をもとめて母は家さがしから金策までした。一度目はたぶん妊娠してまもなく、二度目は臨月だった。
ぼくは無事生まれたが、落ち着きのない子になった。臨月で母が引越したせいだとおもう。左手の小指は折れなかったが、それが終生変わることのない刻印になった。
もの
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