春の入院/猫のひたい撫でるたま子
い古して一番心地が良い毛布なのだ。私はきれぎれにしか人間関係を結んでこなかったので、だらだらとたまに会っては更新され、恋人であった若い時代の私を知る彼の存在が貴重なのである。私の手元にはそのプリクラはなかったので、こっそり一枚頂戴した。
病室のなかで彼をみた。私の最近好きだった人が入院した去年の春も、私は病室にいた。病室と言う区切られた空間の中で、恋人でもない私が彼の世話を焼き独占できていた時間は、彼と過ごした時間の中で私にとって幸福なものだった。私と彼しかいない小さな世界が続き、他の女性と会っている心配をしなくてもよく、彼はそのとき社会や彼の周りの人間関係から隔離されていて何者でもなかった。
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