春の入院/猫のひたい撫でるたま子
 
た。そんな彼は毎日病室に来る私に対して、その時間だけ無邪気に私に頼り、病室の外では見せないような顔を見せた。全て差し引かれた病人の彼と私は、その短い期間だけ私達であった。

なにを話すでもなく時間があって、窓の外から今の彼には関係のない時間が過ぎ行き、夕暮れ前の白い光が病室の白い壁に彼の手のひらの影を長くしていた。それを目撃したのはまぎれもなく私だけであって、その情景を昔の恋人が塗り替えることはできなかった。それをするには、昔の恋人と私は時間を重ねすぎていたのだ。黄色い小さな花を三輪、病室に飾った。恋人でなかった過去の彼の病室には桜とチューリップと菜の花を飾っていた。チューリップのすぼまった花びらの中を私達は覗いた。そんな時間があって、そんな時間の彼と私達はいまもこうして生きているというのに、私はもう二度とあの場所へは行けないのだ。

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