宵の挨拶/北街かな
 
した。
 月の声は喉をふるわせるだけでは足りません。動物にはわからない暗黒の物質をも大きく震わせなくば、月にも届く声たりえないのです。発声は喉の奥より奥の、心臓の奥の、そのまた奥のほうまで使って、全身を共振させたあげく、足元の影に住む悪魔をも動員しなくてはいけないのです。五臓と六腑と両手両足、体躯に頭部、肩までの髪の毛、切り忘れたままの爪の先、流しっぱなしの血液、だらしなく暗いほうへ伸びた陰影、そのすべて、私の私たりうる構成要素、のみならずその周辺の要素、現象をも最大に使ってやらなくては達成は不可能でしょう。ですが、それらすべてを私の精神の意図のとおりに反応させ知覚させ動作せしめるには非常な困難
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