カンナ/結城 森士
も捗らなかった。沙織が学校や外で過ごした時期が随分と遠い日々のように思われて、書いているうちに現実感が失われていってしまう。小説の中で主人公が感じたことを表現しようとしても、周辺の描写も、登場人物の心境も、からからに乾上った泉の跡のように、言葉となって湧き出てくる気配が無い。
無理に言葉を搾り出そうとしているうちに、時折、(どうしたの)とか(なにがあったの)とか(心配してるよ)といった、正体不明の声が頭の中に溢れてくるようになり、それは、時に大きく残響を残すように迫ってくることもあれば、遠くから小さく呟き続けることもあった。そのうちに沙織は、長い間家の中に閉じこもって経験することを否定していた
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