あをの過程さんの時間論−「存在の彼方へ」を読んでみる12/もぐもぐ
 
に過ぎないからだ。ここにおいて「目的」(学びにおいて目指されるもの)は、失われていた「記憶」を「正しく」「取り戻す」ことである。喪失されていた過去によって、獲得される未来の結果も同時に規定されている。人は失われていた記憶(過去)と、回復される記憶(未来)との間に渡された掛け橋である。この間を渡り歩くことが「人生」なのだ。


この解釈においては、実は私の生は、殆ど最初から定まってしまっていると言ってよい。「取り戻す」べき「記憶」は既に「与えられて」しまっており、私はその内容を「変更する」術を持たない。私にできることは、それを「忠実に」「取り戻そう」とすることだけである。
ある意味、これは変
[次のページ]
戻る   Point(5)