あをの過程さんの時間論−「存在の彼方へ」を読んでみる12/もぐもぐ
ぬ」と言っても但しそれは、恐らく幼少としての私への「生まれ変わり」であり、ある種の「生」の回復でもある。
この解釈における生は、未来に向かっているのか、過去に向かっているのか、非常に曖昧である。だが、「目的」というものが何処から確定可能なものになるのか、非常に上手く説明している。「私」はいつでも現在にいるのだから、「目的」は常に私の現在か過去において生じるものでしかない。そしてそれを、失われたものの回復として、過去に求めるのである。
哲学の例でいえば、プラトンの「想起説」を連想させる。想起説によれば、「学ぶ」ことが可能であるのは、それが前の生において有していた記憶を「取り戻す」作業に過
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