言葉と責任−「存在の彼方へ」を読んでみる4/もぐもぐ
ある。
さて、こうした議論に、ある種の素朴さというか、幼さのようなものを感じるのは、恐らく私だけではないのではなかろうか。「そんなの当たり前だよ、自分の言いたいことと実際に表現になったことが完璧に一致するなんて、そんなことはあるはずがないよ。みんなそうした制約の中で、それでも一生懸命表現をしているんだよ」と、そういう風に感じてはしまわないだろうか。そんな当たり前の事態が、一体哲学となんの関係があるというのか、そう疑問が生じることもなきにしもあらずだと思われる。
だが、この反論ないし反感をよくよく観察するとき、それこそがまさに、レヴィナスが言わんとしている事態であるということにはなら
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