純粋正義への架橋17/チャオ
 
実世界というこの世界条件には一元的な曖昧さが許されることがないシビアな条件が生じる。それが「正義」という力であり、「道徳」という人間本来に備わった個人的思想なのだ。

はたして、老子思想のように自然本来の力で現実社会は形成できるのだろうか。
僕は大声で「否」と叫ぼう。
人はやはり欲望を抱くのだ。それも多彩な欲望を。そして「、それを実現できるだけの力を生み出すことができるのだ。その自然的な力を解放すれば、次第に社会は形成され、現実世界が構築される

いや、それ以前に、もはや、この世界が老子思想なのだ。金を作り出した、人間の自然的行為。権力をあがめる、自然的行為。ここで、老子思想は破綻する
[次のページ]
戻る   Point(0)