表題「絵描きはどこかへ行った」/はゆおりいと
 
ったものの一欠片。
 錆び付いた歯車が回っていた。
 画布から食み出た彼女の指が、額縁に爪を立てていた。
 指はもう樹の枝と判別が付かない。
 煉瓦色の壁に掛けられたそれは、額縁の向こう側にある本物の世界。
 この世界ぜんぶを絵画の中に押し込めて、それは一枚の画の振りをしている。
 時計台の鐘の音が鳴る。
 水晶で出来た世界は脆い。
 金属色の音響ですぐに崩れ去ってしまう。
 絵の具が飛び散っている。
 どこまでが額縁の中でどこからが額縁の外なのか、よくわからない。
 生まれてきたい、と彼女が望んだ世界がどちら側なのか、もうわからない。
 彼女の、血に塗れた、葉を落とした樹
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