二十年後/三州生桑
とりと床に落ちる。彼女は立ち上がり、私に背を向け小走りに去らうとする。私は、そっと呼びかける。彼女は観念したやうに立ちすくみ、おもむろに振り返ると、意地悪げに言った。「白髪、増えたのね」そしてすぐに恥づかしさうに目を伏せ、「ごめんなさい」とつぶやいた。
お世辞にも「変はらないね」とは言へなかった。それはお互ひさまだ。彼女は私と目を合はせないやうにして言ふ。
「今、何してるの?」
「まだ詩人ですよ」
「さう・・・私は、もう子供が二人も・・・」
私が微笑むと、彼女も弱々しく微笑み返してくれた。
「あなたは?」
「僕は独身、ずっと」
「さう・・・」
彼女はまともに私の顔を見る。その目に
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