彼の場合/んなこたーない
た。
床に落ちていた本を拾い上げると、次の一行が目に入った。
「眠りは死よりも愉快である。少なくとも容易には違いあるまい」
彼は自分がそのページを眠りに落ちる前にも読んだのか、どうもはっきりとしなかった。
その男はおそらく四階から乗り込んできたに違いなかった。
彼は男の顔は見なかった。気がついたときにはすぐ目の前に男の後姿があった。
その間もエレベーターは上昇をつづけていた。彼はふと男の肩に手をかけてみたいという誘惑にかられた。
なぜか彼にはその男がシェイクスピアに違いないという確信があった。
しかし彼はとりたてて話したいことが思い浮かばなかった。
彼は己の機転の利かなさに薄
[次のページ]
戻る 編 削 Point(3)