彼の場合/んなこたーない
たままだった。
「すぐに病院まで行きましょう、私の車がありますから」
女の声は妙に興奮していた。
彼は自分の鼻が砕けていることを知っていた。
のみならず彼は自分が今にも気を失うほどに意識の朦朧としていることをどこかではっきりと自覚していた。
「さあ早く、車はあれです――、さあ私の肩につかまって」
彼はこの見知らぬ女の親切心に何か苦々しいものを感じとらずにいられなかった。
女は無視されていることに気づくと急に忌々しさをあらわにし、力ずくで彼を動かそうとした。
彼はちょっとよろめいたものの、すぐにまた不動の姿勢に戻った。
すると女は激昂し、彼の頬を思いきり張りつけた。女は明らかに性的
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