2006 12/16 17:21
「ま」の字
独り言だと分かっていても以下書く
平成大不況の10余年を準備期、小泉時代の5年を初動期として、これからは「いいことも悪いことも進む」時代になる。「戦後」という枠組み(常識)の中では到底出来なかったすばらしい改革も出るだろうが、「戦後」では到底許されないだろう「そんなバカな」事も決まってゆくだろう。それは新しい枠組みを求め、何事も根本から考えざるを得ない時代ゆえだ。
しかし当面は悪いことが多いだろう。「戦後」が崩れても、それにかわる新しい枠組みが出来上がっていない今は「何でもあり状態」だからだ。当然強者の論理がまかり通る。ルールがないからだ。いや、ルール破りこそ新しい発想としてもてはやされるからだ。
以前「大乱が起こる」と書いて「益野さんは起こさないの」といわれたが、無論新しい枠組みのヴィジョンがない私が起こせるわけもない(それ以前に度胸もないし、家族もちとしてそんなことできる状況にもないし、私自身この人生を使ってやりたいことは政治ではない)。
しかし、「いっそ経済学部でも受けなおして、政治もあわせて学び、安定と発展の黄金の均衡点探しを、おれ自身がすべきではないか」などとさえ刹那的に思う昨今ではないか!
それでも最近心に留めておこうと思うこと
1 乱世ゆえに古典が大切。日の下に(そうそう)新しいものなし。「今をときめく」
学者などうかつに信用できんと知った、この10余年。
2 改革は現システムが行き詰ったがゆえに必要とされる。そのため、改革においては
極端に「現システム」(今なら「戦後」)を悪く評価する。それはまずい。
3 「根の根」から考えるのだ。教育基本法改正とかは、それを支持した人たちから見
れば“大きな変化”に見えるかもしれないが、全然小さいと思われる。改悪であった
可能性さえある(私がどちらかというと旧基本法支持だからこういっているわけでは
ない。民主主義を踏みにじる「やらせタウンミーティング」の扱いの小ささをみる
と、民主主義土壌を腐らせてしまった日本にあっては、このあと更なる大揺れがあっ
てもおかしくない)。
4 世界各地で「戦後」の貯金が切れている。家財を使い切った道楽息子のような戦後
世代指導者。(彼らとは違う“よき戦後世代”はいずこに?)
だんだん、高ぶってきたのでこの辺でやめます。