【期間限定~9月15日】『夏休み読書感想文』[5]
2017 09/15 12:56
深水遊脚

『夜間飛行』サン・テグジュペリ 新潮文庫

 この文庫には『夜間飛行』と、処女作である『南方郵便機』が収められている。作者サン・テグジュペリはリヨンの伯爵の子として生まれた。スイスの聖ヨハネ学院在学中に文学を学んだ。海軍兵学校の受験に失敗後、兵役で航空隊に入った。除隊後、航空会社の路線パイロットとなった。『夜間飛行』『南方郵便機』はパイロットとしての体験をもとに書かれた。

 この本を手にしたのは十年以上も前のこと。当時はもっと素直に読めたのだが、いま読むと細かいところにいちいち引っ掛かってしまう。引っ掛かったところは例えば公平性のこと。支配人リヴィエールが考える規則を監督のロビノーが現場の人間に遵守させる。そのことで発着の時間が正確になり、天候の変化や様々な想定外の事態に対応するべく人は鍛えられる。欠点をそのままにした状態では人はそうした事態に向き合えず逃避してしまう。リヴィエールの人間認識の結果としてできた規則の遵守は黎明期の夜間飛行では必要なものだっただろう。しかし、「遅刻して出発する者に対してはいっさい精勤賞は出さない。たとえ濃霧や不可抗力の場合でも」という不公平な規則はやはり過渡的なものでなければならない。たとえそれが飛行場の人の意志を出発に向けて緊張させる効果をもつとしても、無謀な出発を促し、それに対する異論を封じる空気を醸してしまいかねない。知れているはずの不安な情報を読み取る意志を奪いかねない。そのことが何をもたらすか。理不尽な状況は隠蔽を生むだろう。隠蔽は問題を温存してしまう。公平性の担保は、更なる発展を望むならば、必要なものなのだと思う。

 引っ掛かりつつも私がこれを課題図書に選び、読後感を文章にしようとしたのは、体験をもとに描かれた精緻な飛行会社の記録として魅力を感じているからだ。内容はかけ離れているものの仕事について普遍的な認識が描かれているように思うからだ。序文でジッドは主人公リヴィエールを英雄のように称賛するが、サン・テグジュペリの書き方は何人も何事も美化、醜化せず体験をもとに構成して書き上げているように思える。ストーリー展開だけを確認したいなら邪魔になる詳細な描写のひとつひとつには、体験した者が書くからこそのリアリティがあると感じる。私の勤めているのが中小企業であり、例外事態はしょっちゅう起こり、理不尽でも筋の通った規則が必要な状況であることも、私のこの小説に対する共感を強めているのかもしれない。

 アンドレ・ジッドが夜間飛行の、アンドレ・ブークレルが南方郵便機の序文を寄せている。そして訳者は堀口大学、表紙の絵は宮崎駿というように、この文庫に関わったクリエーターはなかなか濃い。堀口大学の文体、そして訳者あとがきから伝わるサン・テグジュペリの文章への愛着にふれられて、この本を手にしてよかったと思えた。少し紹介したい。

(引用)
訳者の私の如きも、お恥ずかしい話だが、最初二、三度読んだ時には気のつかなかったような部分に、翻訳してみて、初めて発見した稀有の美しさを数ヶ所持ったような次第だ。
(引用終わり)

以上『夜間飛行』についての感想を中心に纏めてみた。南方郵便機については堀口大学のいう「精読」が出来ておらず私には語れないというのが正直なところ。これからも向き合いたい。
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