雑談スレッド6軒目[810]
2007 07/10 13:37
ふるる

sage
アニメは第一にエンターテイメントであって哲学や宗教ではないから、抑止というのは無理だと私も思います。一時忘れるくらいはできるけど。
自殺も殺人と同じ衝動だとどっかで読んだことがある。多分、何割かはそういう衝動が強く、抑えられない。戦国時代は有利であった気質が、多分ある。
吉本ばなながある対談で「自殺を考えている人が一時それを忘れるものを書きたい」と言っていた。それを持続的に止める(あるいは吐き出させる)ためには、もっと集団の力がないと。
けど、その集団が上手く機能してなくて、ひずみがあれば、かならず弱いもの(衝動を押さえる力が弱いもの、逃げる力がないもの)にしわ寄せが来る。いや、ひずみがなくても、かな。
今の集団がひずみがあるとすれば、変化を受け入れられない人々がいるというところかな。原因は女性が男性の従属物でなくなったあたりだと思ってる。
(って私が一人で考え出したわけでなく、そういう言説に触れる機会がたまたま多い、というだけかもしれないけど)
出て行く力と押しとどめようとする力がせめぎあっていると感じる。
会社や社会をうまく動かすための昔のシステムと新しいシステムが。
ゆっくりとバランスを取っていくのではなく、どちらも急激な力に力で向き合おうとしている。
母親にひずみがあると、子供にしわ寄せが来る。抑えられた母親に、抑えられる子供。子供の力は爆発しやすい。
エウレカセブンのレントンが様々な形態の家族に属すのも、時代の要請、なのだと思う。
家族が血が繋がっている必要はなく、女性や男性の二分割、それによって分けられた役割分担はもう古い・・・。古いものを全面否定はしない。どっちか1つだけを取るという考え自体がもう無理ぽ。けど、そういうのって結構許容範囲を求められる。
ゆるやかな繋がりと広い懐でひずみを吸収?できるかな?
「ゲド戦記」の原作はその新しい形態の家族のことを書いてある本らしい。アニメはまだ観てないです。閉塞感からお父さんを殺してそれから、という物語らしいけど。
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