2004 08/12 10:49
一番絞り
>[474]片野晃司[08/12 10:16]
>ここ、もしかして笑うところ?
>一番絞りさんのギャグはわかりにくいな
片野さんは、原発の炉心部まで降りたことありますか?
わたしはあります。北陸原発をつくっているとき排風口の風量計測で炉心だけでなく
すべての施設をくまなく回りました。
だから、少しだけこういう現場で働いている人たちに詳しいんですよ。
原発といっても熱源がちょっと現代風なだけで、それ以外の大部分の構造はお風呂の
ボイラーとなんら変わりはない。
だから最先端の設備とはいいながら、そこに従事している人たちというのは頭脳労働者は少なくて
日雇いとか季節工とかが多いんです。あえていえば危険、きつい、汚い(3K)仕事が多い。
だから正社員じゃなくて臨時社員にやらせるわけです。
そういう人たちが今回事故に会った。わたしの遠い仲間です。
しかもどういう、ひどい状況であったか、すぐに想像できます。
200度の蒸気に打たれて死ぬということが。
石川さんが冒頭にこの事故をふってきたのは、あるいは生々しいニュースのもつ新鮮さによって
読者の関心を引くためでしょう。
しかし、このような現場で働いているわたしのような底辺労働者、臨時雇いの社員たちが
>僕は、大阪だからね、こないだ、美浜原発で事故があって怖かったね。
>死んだ人がいたね、高温の蒸気で、からだを焼かれて、、
ここまでの枕を読んだら、すぐに生々しい事故現場を想像するのです。それこそ石川さんが言ってしまったように
「からだを焼かれた」死に様を。
こういうイメージを枕にふっておいて、
それはそのまま放置して、すぐに科学論議に移行できる神経がわたしには理解できんのです。
詩人ならそれこそ、ここに生じた辛いイメージについてなんらかの処置が必要でしょう。
他人事のように、井戸端口調で口にすることではないでしょう。
だから冥福を祈ってからにしてはといったのですよ。
あなたはこれをギャグだというのですか?