[655]ハァモニィベル[2018 05/09 00:24]
も、ちょくちょく沸き起こる、ちょっとした付きものである。

そうした諸々のケースの中に、
実際に立っていながら、

《信じて待つ》

というのは、死を待っているのと心境は変わらない。


それでも、諦めたりせず、信じていられるのは
じぶんがまだ、信じているものを裏切らずに生きているからだな。


その意味で、
信じている主体と、信じられている客体の
両者の質によって、結果の質もかわるだけである(と哀しく待ちながら)

安らぎが在る筈の場所に、安らぎが在ることを
まだ固く信じているから、今も歩いているんだと(私は思っている)。
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