[350]高橋良幸[2016 01/20 08:25]☆
言葉と同意が迎える朝。夜は暗く寂しい。でもその中を「ぼく」と「きみ」は二人で居る。だから「ぼく」と「きみ」が寂しく無いのかというと、違う。
なぜなら、朝を迎えたけれど、これから来る季節は冬だからである。赦される必要があり、悲しみが鎮まる必要がある。静物画が仕上がるまでに。
静物画が仕上がるまでに、春はまだ来ない。けれど朝は来る。花は咲く。けれど、それは秋の花だ。そして、花からは(解決としての)「朝」がこぼれる。配置されたもの(「その最期をもっとも正しく迎え」たもの)は、いまはきっとあるべき場所に戻されている。そして、静物がその場所に収まったころ、春が来て、春の花が咲くのだろう。春の花からは
[次のページ]
前
次
戻る
編
削