[336]高橋良幸[2015 12/23 09:42]
不穏に見えてきますが(その方が私の好みですが)、作者のコメントを見る限りは純粋に感動したというお話らしいので、最終2行は何も隠喩していない、と思うことにします(どうなの、るるりらさん!)。

<四>
 隠喩は5連目にしか無いという前提で話を進めます。
 詩は作者と読者がいて、初めて生まれるという意見をこのサイトを見ていると時々目にするし、私もその意見はそのようだ、と思っています。蛾兆ボルカさんの、"読詩エンジン”の回転数を上げないといけない、掘ったら詩がある『穴』と違って、るるりらさんのこの詩は読みやすく読者に優しい詩だと思いました(読みにくいのが悪いと言っているわけでは無いです。面白さがあるし)。しかし、作者と読者と詩の関係を考える時に、『うつくしい うんこ』は詩が問答無用であるとも思いました。極論すれば、作者と読者が居なくても詩が成立してしまっている。もしかしたら私が<二>で書いたことを実行してしまえば、問答無用の詩を汚してしまうのかもしれません。そう思うと、変な欲を出さずに見聞の描写に徹したこの詩の直喩主体の構成も必然的なものかもしれません。以上です。
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