[282]白井明大[2008 11/15 13:40]
でと比べてより深いものが詩に込められているように感じられました。
しかも「月曜日の昼間」にみられたものとはまた別の、すなわち抒情を文体によって表現するのではなく、文体じたいが抒情をはらんでいるような、とでもいうような、そうした印象をもちます。

ことばの破綻の度合いがつよい「パーを出す前のグー」「キリトリ線が点滅」などは、ことばあそびや、イメージの拡散という表面にあらわれてくることばの背後に、なにか切迫した内面(あるいは心のアンバランスさ)が感じられます。また「埋まらないタイムカプセル」の「やーらーれーたー/(シャキーン)」という、ひらいたことばが、やや重みを帯びた最終連と対比的で、こちらは
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