[232]mizu K[2007 11/09 23:12]★1
後からああそうかと気づくことが多い。あるいは近い将来なにかしらの変化がある予感がしてもその時期を「予測する」というのは、予知能力がない場合不可能。えてして曖昧なものなんです。いわば彼女は夕焼けのある向こう側の世界にとけ込んだままであって成長前の段階にあり、外界が見えない。見えないということは、その外側、彼女がやがて到達するであろう外の世界を明確につかんでいない、はず。しかし、文脈からみるに、将来確実に訪れるであろうことへの冷静な視線がうかがえる。
 「不憫に思う」。この語を使う場面としてはどんなものがあるでしょう。「あの子は父親がアル中で母親もアル中であの子もやっぱりアル中で不憫だ。よよよ」とか
[次のページ]
戻る